大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和61年(ワ)1983号 判決 1989年5月16日

原告

若松芳也

右訴訟代理人弁護士

杉山彬

伊神喜弘

出口治男

坂元和男

湖海信成

被告

右代表者法務大臣

高辻正己

右指定代理人

梶山雅信

石田浩二

蔵本正年

小出正行

鈴井均

澤田一博

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和六一年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。ただし、被告が金一五万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨(三項のうち、ただし書を除く。)

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、京都弁護士会所属の弁護士で、建造物侵入・窃盗事件(以下「本件事件」という。)の被疑者として逮捕された訴外A、Bより、昭和六一年七月一〇日(以下、原則として、昭和六一年七月についてはその記載を、同年八、九月については年の記載を省略する。)弁護人に選任された者である。

(二) 被告は、A及びBの捜査を担当した京都地方検察庁(以下「京都地検」という。)所属の訴外検察官甲(以下「甲検事」という。)を使用し、捜査及び被疑者勾留の職務を遂行させ、もって公権力の行使にあたらせていたものである。

2  事実経過

(一) A及びBは、八日、本件事件の被疑者として逮捕され、一〇日、京都地方裁判所(以下「京都地裁」という。)において勾留及び接見禁止の裁判を受け、同日、代用監獄である堀川警察署(以下「堀川署」という。)にAが、同じく西陣警察署(以下「西陣署」という。)にBがそれぞれ勾留された。

(二) 甲検事は、一〇日、A及びBが勾留の執行を受けると、直ちに「捜査のため必要があるので、右の者と、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)との接見又は書類若しくは物の授受に関し、その日時、場所及び時間を別に発すべき指定書(以下「具体的指定書」という。)のとおり指定する。」との接見に関する指定書(以下「一般的指定書」という。)を作成し、その謄本を堀川署長(Aの分)及び西陣署長(Bの分)にそれぞれ送付した。

(三) 原告は、一〇日午前八時三〇分頃堀川署においてAと接見し、同日午後五時四五分頃西陣署においてBと接見して、いずれもその弁護人に選任された。

右堀川署におけるAとの接見の際は、原告は接見の申入れをして直ちに接見できたが、西陣署におけるBとの接見の際は、接見申し入れをした後、甲検事と約一〇分間電話による交渉を余儀なくされた。同検事は、原告に対し、具体的指定書を京都地検まで取りにこられたい旨申し向けたが、原告から、具体的指定書を取りに行くと接見が遅くなること、一回目の接見であること、弁護人選任届をとるつもりであること、一一日は東京出張の予定であること等の説明を受け、口頭にて前記の日時を指定した。その際、同検事は、「今日は例外だから、次からは必ず具体的指定書を取りにくるようにされたい。」旨申し向けたが、原告は、時間がなかったため反論を留保し、「お聞きしておきます。」とだけ答えた。そして、原告は、翌一一日、京都地検に対し、「甲検事の接見指定の運用は違法であり、原告としては、今後も指定の要件がない場合は、指定を受けたり、具体的指定書を取りに行ったりする意思がないことを明らかにするとともに、接見申入れがあれば、直ちに接見できるよう担当官を指導されたい。」旨を記した申入書を提出した。

(四) 七月一四日の接見妨害

原告は、一四日午前八時四〇分頃、Aに接見するため、堀川署において警務課係官に接見の申入れをなした。その際、原告が右係官に確認したところ、Aは、留置場の房に居り取調中でもなかった。

同係官は、原告が具体的指定書を持参していなかったのを知り、京都地検に電話連絡をとろうとした。しかし、担当である甲検事が不在のため連絡がつかず、原告は約四五分間待たされた。その後、九時二五分頃になって同検事と連絡がとれたので、原告が電話口に出て、同検事に対し直ちに一五分間の接見をさせるよう要求したところ、同検事は、「九時三〇分から一〇時までの間に一五分間の接見指定をする。具体的指定書を発行するので検察庁に取りに来るように。」と答えた。原告は、Aが現に取調中ではなく房の中におり、そもそも接見指定の要件が存在しないこと、弁護人が具体的指定書を取りに行く必要も義務もないこと等を主張し、同検事に対し、直ちに接見させるよう要求したが、同検事は、「具体的指定書を持参しない限り、接見を認めない。」との見解を固持し、議論は平行線を辿った。

原告は、具体的指定書持参に応じない限り接見を認めないとの同検事の態度に変化がないので、やむなく交渉を打ち切り、Aとの接見を諦めて午前九時三五分頃堀川署を退出した。

(五) 一六、一七、一九、二四日の具体的指定書による接見

原告は、一四日の甲検事の態度から、以後の弁護活動に支障がないようにするため、同検事の措置に従うことにし、京都地検へ具体的指定書を取りに行き、これを留置場の係官に持参して、次の通りAと堀川署において、Bと西陣署においてそれぞれ接見した。

(1) Aと一六日午後四時三〇分頃から約二〇分間

(2) Bと一七日午前八時三〇分頃から約二〇分間

(3) Bと一九日午前八時三〇分頃から約二〇分間

(4) Aと同日午前九時一〇分頃から約二〇分間

(5) Bと二四日午前八時三〇分頃から約二〇分間

(6) Aと同日午前九時二三分頃から約二〇分間

これらの接見は、いずれも接見指定の要件が存しない場合であったので、原告は甲検事に対し、一六日と一七日の接見については口頭で、一九日と二四日の接見については文書で、「指定の要件がないので具体的指定書を発行せずに接見できるように措置すべきこと、あくまで指定するのであれば弁護人として違法な指定に従うのは遺憾の極みであるとの留保付きで具体的指定書を受領すること。」を、それぞれ通告している。

3  接見交通権の侵害

(一)(1) 接見交通権の意義

憲法三四条前段は、身柄を拘束された被疑者に対して弁護人依頼権を保障しているが、これは、旧憲法時代弁護人依頼権が保障されず、多くの被疑者が不当に人権を侵害され冤罪に苦しめられたことへの反省の上に立っている。そして、ここにいう弁護人依頼権とは、単に形式的な弁護人選任権にとどまらず、実質的に有効な弁護活動を受ける権利まで包含する。

右有効な弁護活動とは、被疑者本人にその法的地位を理解させること、捜査が違法にわたることを監視して被疑者の人権を保障すること、取調べに対する具体的助言を与えること、積極的に被疑者に有利な証拠を収集すること等であるが、これらは、被疑者の身体が拘束されている場合には、接見交通なくしては遂行できないものであるから、有効な弁護活動にとって接見交通は不可欠の基盤である。したがって、身体を拘束された被疑者と弁護人との接見交通権は、右被疑者にとっては憲法上保障された弁護人依頼権の重要な内容をなす権利であり、弁護人にとっても弁護活動の基盤をなす重要な固有権であり、憲法上保障された権利である。

(2) 接見指定の要件

刑事訴訟法(以下「刑訴法」という。)三九条三項は、捜査機関に「捜査のため必要があるとき」は接見指定ができる旨規定するが、接見交通権は憲法上保障された絶対的な権利であり、必要なだけ十分に接見できるというのが本来の権利の内容である。したがって、刑訴法三九条三項を合憲的に解釈するならば、接見指定が許される「捜査のため必要があるとき」とは、検証、実況見分、引当り捜査等に現実に被疑者を立会わせている場合で、かつ、弁護人の接見によって長時間中断されては捜査に顕著な支障がある場合のみに限定されることになる。そして、右の「捜査中断による支障が顕著な場合」とは、日没時の状況自体が争点となる事件での日没時の検証などのような非代替的事情がある場合に限られ、それ以外は原則として捜査機関が接見指定をすることは許されない。

以上のように解釈運用しなければ、刑訴法三九条三項は違憲立法であると言わざるをえない。

(3) 一般的指定の違法性

一般的指定書は、昭和三七年九月一日法務省刑事(総)秘第一〇号訓令事件事務規程(以下「規程」という。)二八条に基づくものである。規程二八条は、「検察官又は検察事務官は刑訴第三九条第三項の規定による接見等の指定を書面によってするときは、接見等に関する指定書(様式第四八号)を作成し、謄本を被疑者及び被疑者の在監する監獄の長に送付し、指定書(様式第四九号)を同条第一項に規定する者に交付する。」と定めており、右様式第四八号の文書が一般的指定書であり、一般的指定書の謄本送付による処分が一般的指定である。

検察官が一般的指定を行うと、被疑者と弁護人等の接見交通は全面的に禁止され、後に検察官が書面ないし口頭で行う具体的指定によってようやくその禁止が一部解除されることとなる(書面による場合は「面会切符制」とよばれる。)。しかしながら、前述のとおり、接見交通権は憲法上の権利であり、捜査官の接見指定は限定された場合にのみ許されるのであるから、具体的指定の要件に関係なく接見交通を全面的に禁止する一般的指定及びその根拠である前記規程は違憲(憲法三四条違反)・違法(刑訴法三九条一項違反)である。

(4) 具体的指定書の受領持参要求の違法性

検察官は、弁護人等に対し、一般的指定をした事件につき、具体的指定の方式として具体的指定書の受領及び監獄への持参を要求する。しかしながら、その場合、具体的指定の要件が存在しない場合も多く、要件不存在の場合は、具体的指定自体が違法であるから、その発令、交付伝達の方式にすぎない具体的指定書の受領持参要求は、前提を欠き違法である。また、具体的指定の要件が存在する場合でも、本来対等なはずの一方当事者である検察官がもう一方の当事者である弁護人に対し、一方的に負担を課し、その本来自由な接見交通権を制約するのは許されず、接見の迅速性、手続の簡便性、手続の経済性、手続の正確性等いずれの点からも、書面による指定より口頭によるそれの方が合理的でかつ十分であることをも考慮すると、具体的指定書の受領及び持参を要求することは違法である。

(二) 甲検事の違法行為

(1) 一般的指定による接見妨害

甲検事は、一般的指定書を作成して堀川署長に交付し、具体的指定書を持参しない限り原告とAとの接見を許さない旨の処分をなし、その結果、原告は、一四日午前八時四〇分頃Aとの接見のため堀川署に赴き、Aが取調中でもなく在監中であるのに、約四五分もの長時間にわたって接見を拒否された。右結果は、正に甲検事から堀川署長宛に一般的指定書が交付されていたが故に他ならない。

(2) 具体的指定による接見妨害

一四日午前九時二五分頃、Aは取調べや検証等の立会中ではなく(さしあたり、その予定もなかった。)在監中であり、具体的指定の要件がないにもかかわらず、甲検事は、「午前九時三〇分から同一〇時までの一五分間について接見指定する。指定書を検察庁に取りに来るように。」と具体的指定をなし、その結果、原告の自由な接見は拒否された。

仮に甲検事の具体的指定がなかったとしても、同検事が、具体的指定の要件がないにもかかわらず、具体的指定を行おうとして、原告の自由な接見を拒否したことは明らかである。

(3) 具体的指定書受領持参要求による接見妨害

(2)の際、甲検事は、根拠のない違法な具体的指定書の受領持参要求をなすことによっても、原告の自由な接見を拒否した。

4  甲検事の故意、過失

(一) 一般的指定を行った点について

本件当時、一般的指定が違憲・違法な処分であることは、判例及び学説上確立していたこと、京都地裁で一般的指定制度を違法とした判決(昭和五九年五月一一日判決・判例時報一一九八号八一頁参照)が出されていたこと、原告が七月一一日付けで一般的指定の違法性を上申していたことによれば、甲検事は、一般的指定の違法性につき十分認識しえたにもかかわらず、漫然と一般的指定を行い、かつ、継続したのであるから、同検事に故意又は過失がある。

(二) 具体的指定を行い、又は行おうとした点について

(1) 本件においては、刑訴法三九条三項「捜査のため必要あるとき」につき如何なる解釈に立とうとも、具体的指定をなしうる要件がなかったにもかかわらず(罪証湮滅のおそれもなかった。)、甲検事は自己の主張を貫くのみの理由で具体的指定を行い、又は行おうとし、原告の接見を拒否したものであって、同検事に本件接見妨害の積極的故意が認められる。

(2) 仮にそうでないとしても、刑訴法三九条三項「捜査のため必要あるとき」につき、「現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合」に限られると解釈すべきことは、昭和五三年七月一〇日の最高裁判決をはじめとしてその他の判例、学説により確立しており、それによれば、本件では具体的指定の要件がないにもかかわらず、甲検事は、右と異なる解釈により具体的指定の要件があると考え、具体的指定を行い、又は行おうとし、原告の接見を拒否したのであり、同検事に故意又は過失が認められることは明白である。

(三) 具体的指定書を受領持参要求した点について

本件は、具体的指定の要件が存在しない場合なので、具体的指定書の受領持参要求には合理的根拠がなく、そのこと自体に過失がある。

5  損害

原告は、甲検事の憲法及び刑訴法を無視した不法行為により、前記の通り接見を拒否され依頼者である被疑者に対する不十分な弁護を余儀なくされたほか、本来不必要な筈の議論や準抗告申立て等の労力の負担を負わせられ、また、依頼者やその関係者に対する説明に窮し信頼関係を揺がす状態に置かれる等著しい精神的苦痛を被った。原告の右精神的苦痛を慰謝するに足る金額は金二〇万円を下るものではない

6  よって、原告は、被告に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項の規定に基づき、慰謝料二〇万円及びこれに対する昭和六一年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)、(二)の各事実は認める。

2  同2につき、(一)ないし(四)の各事実は認め、(五)のうち、接見指定の要件がなかったことは否認し、その余の事実は認める。

一四日、一六日、一七日、一九日及び二四日について各接見申入れの際、いずれも接見指定の要件は具備されていた。

3  同3については、後記主張のとおりである。

4  同4(一)、(二)(1)(2)、(三)の各事実は否認する。

5  同5の事実は否認する。

三  被告の主張

1(一)  接見交通権の法的位置づけ

接見交通権は、憲法三四条の弁護人依頼権の保障に由来する権利であるが、同条により直接認められた権利ではなく、同条の趣旨にのっとって刑訴法三九条一項により規定された権利であり、一方、接見指定権は、憲法が国固有の権限と認めている刑罰権(刑訴法三一条ないし四〇条が前提としている。)に由来し、その前提たる捜査の必要性から、刑訴法三九条三項により規定された権利である。したがって、憲法及び刑訴法上接見交通権が接見指定権に優越する根拠はなく、両者は相互の均衡調和を保ちつつ運用されることが要請される。

(二)  接見指定の要件

刑訴法三九条三項「捜査のため必要があるとき」の意義については、原告主張のように限定的に解釈するのは相当でなく、当該事案の性格・内容・背景、真相解明に必要な捜査の手段・方法、真相解明の難易度、捜査の具体的進展状況、被疑者の供述状況、関係人の捜査機関に対する協力状況、弁護活動の態様等当該事案に係るすべての事情を総合的に勘案し、弁護人等と被疑者の接見が行われるならば、結果的に罪証を湮滅されるおそれがある等、捜査機関が現に実施し、又は今後実施することとなる捜査の遂行に支障を生じるおそれが顕著である場合をさすと解するのが相当である。

(三)  一般的指定の適法性

刑訴法三九条三項は、検察官に接見に関する具体的指定権を認めている。しかし、弁護人等が、勾留後の捜査主宰者である検察官に対してではなく、直接監獄の長に対して接見申出をする場合には、検察官において事前に弁護人等の接見希望日時を把握することはできず、また、監獄の長においても検察官が具体的指定をするかどうか事前に把握できず、接見申出がある度すべての事件につき検察官に問い合わせるという煩しく過誤の生じやすい手続が不可避となる。そこで、検察官の具体的指定権の行使を円滑かつ確実に行うため、具体的指定の用意があることを検察官から監獄の長に通知し、通知のあった事件のみ監獄の長から検察官に具体的指定権を行使するか否か問い合わせてもらう手続が一般的指定といわれるものであり、検察官と監獄の長という行政機関相互の事務連絡にすぎない。したがって、一般的指定自体は、何ら刑事法上の効果をともなった処分とはいえず、弁護人等と被疑者との接見を原則的、一般的に禁止する効力を有するものではないから、違法性の問題はおきないというべきである。ただ、検察官が一般的指定を行うと、結果として弁護人等は被疑者と接見を行うため検察官に具体的指定を求めなければならなくなるが、この程度の負担は何ら弁護権を侵害するものではなく、弁護人等はそれを受忍する義務があると解される。

なお、一般的指定がなされると、弁護人等は検察官の発行する具体的指定書を持参しない限り、被疑者と接見できないから、一般的指定は原則的、一般的な接見禁止と同一の効力があり、いわゆる面会切符制度を採用したものであるとの批判がある。しかし、京都地検では、事務の明確化、接見の円滑化、紛争の予防等のため、具体的指定書の発行を原則としつつも、緊急性等特段の事情があれば口頭によって具体的指定を行っており、具体的指定書を接見のための必須の要件とはしていない。したがって、京都地検では面会切符制度などというものは採用しておらず、一般的指定についての右批判はあたらない。

(四)  具体的指定書受領持参要求の適法性

刑訴法三九条三項は、捜査機関に弁護人等と被疑者との接見に関し指定権を与える旨を規定するだけで、その方法については明らかにしておらず、指定権者の合理的裁量に委ねたものと解される。

そして、接見指定を書面で行うことは、指定内容の明確化、接見をめぐる過誤紛争の未然防止、不服申立てに際しての審判対象の明確化等に役立つものである。一方、事件の大半は接見指定がなされず、弁護士事務所の多くが検察庁の近隣に所在することを考えれば、検察庁に立ち寄り具体的指定書を受け取ることは、弁護人等にさしたる負担を負わせるものではない。また、刑事訴訟規則三〇条に基づいて裁判所が行う接見指定についても書面で行われている。

これらの事情によれば、接見指定権の行使を書面で行うこととし、弁護人等にそのための事前協議と指定書の受領持参を求めることは、接見指定権者の合理的な裁量の範囲内にあり、適法と解すべきである。

2  甲検事の行為の適法性

(一) 一般的指定書作成・交付の正当性

本件事件は、検察官受理時において、暴力団会津小鉄会系組員一〇数名による組織的犯行であること、A及びBは犯行への関与を否認していたこと、共謀状況の詳細が明らかになっていなかったこと、賍品の処分先が不明で未発見であったこと、逮捕状の発布されていた共犯者三名が逃走中であったこと等の事情が存在していた。

右事情によれば、将来具体的指定がありうるのであり、そのため甲検事は一般的指定書の作成・謄本交付を行ったのであり、その措置は適法かつ正当である。また、同指定書の作成・交付の結果、原告が検察官に対し具体的指定の判断を求めなければならなかったとしても、右は受忍限度内のものであり弁護権の侵害があったとするのは失当である。

(二) 具体的指定を行おうとしたことの適法性

甲検事が、一四日午前九時一〇分頃、原告のAとの接見申入れについて聞いた際、捜査機関が現にAの取調べを行っていなかったにせよ、一般的指定を行う理由となった事情の他、勾留中のA及びBほか三名の取調べにより、共犯者二名を割り出し逮捕状を請求する予定であったこと、関連事件が判明していたこと等の事情が存した。

右事情によれば、具体的指定の要件が存したのであるから、甲検事が堀川署に電話し、原告に対し具体的指定をしようとしたことは適法であり、原告が具体的指定の要件の存在及び具体的指定書受領持参義務について甲検事と論争し、結局物別れになって接見できなかったのは、あくまで原告の責任である。

(三) 具体的指定書の受領持参要求の適法性

甲検事は、刑訴法三九条三項で指定権者に委ねられた合理的裁量の範囲内で、原告に対し具体的指定書の受領持参要求をしたのだから、その措置は適法である。原告のように、捜査機関と接見について協議を尽さずいきなり監獄に赴いた場合には、具体的指定書の受領持参を要求することは、弁護人等の負担になるのは確かであるが、それは弁護人等が捜査機関との調整義務を尽さなかったためであるから、その程度の負担はやむをえないというべきである。

3  国賠法一条一項にいう「違法」の意義について

国賠法一条一項にいう「違法」とは、「他人に損害を加えることが法の許容するところであるかどうかという行為規範性」であり、この行為規範性は処分ないし法的行為の効力発生要件とは性質を異にする。そして、刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の意義については、前記1(二)のとおり、諸事情を総合的に勘案して捜査の遂行に支障が顕著に生ずる場合と解すべきであるから、その判断は法律上の価値判断である。価値判断である以上、個々の検察官の判断に差異が生じるのは当然であり、その差異をもって前記行為規範に反しているとはいえず、当該判断がその許容範囲を逸脱した場合、すなわち、著しく合理性を欠くことが明らかである場合にのみ、前記行為規範性に反し国賠法上違法になると解すべきである。

しかるに、本件では、仮に甲検事の行為に刑訴法三九条三項違反があるとしても、国賠法上の違法性を基礎づける事実につき、原告は何ら主張・立証していないから、この点においても本訴請求は失当である。

第三  証拠<省略>

理由

一当事者

請求原因1(一)、(二)の各事実は、当事者間に争いがない。

二事実経過

1  請求原因2(事実経過)については、(一)ないし(四)の各事実及び(五)のうち接見指定の要件がなかったこと以外の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  右1の争いのない事実と、<証拠>とを総合すれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  三日、本件事件につきA及びBに対する逮捕状が発布され、八日、それぞれ逮捕状の執行がされた。その際、A及びBは、五条警察署における弁解録取において、被疑事実の大部分を否認した。

(二)  原告は、一〇日午前八時三〇分頃、堀川署においてAとの接見申入れをなし、直ちにAと接見し、Aから弁護人に選任された。

同日、A及びBの被疑事件は、五条警察署から京都地検検事正に送致され、甲検事が主任検察官となった。甲検事は、A及びBの弁解録取後(両名共、被疑事実の大部分を否認)、京都地裁裁判官に両名の勾留及び接見禁止の裁判を求め、いずれもそれが認められた結果、Aは堀川署に、Bは西陣署にそれぞれ勾留された。そこで、甲検事は、本件事件の特色(共犯者多数、そのうち否認ないし逃亡している者が存在、賍品が多数に及ぶのに全部未発見等)からA、Bとその弁護人が無制限に接見すると、結果的に罪証湮滅につながり得るし、捜査に対する重大な支障を及ぼす可能性があると判断し、接見指定を行う必要がある場合であると思料し、標題が「接見等に関する指定書」で、内容が「捜査のため必要があるので、右の者(AないしBのこと)と、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者との接見又は書類若しくは物の授受に関し、その日時、場所及び時間を別に発すべき指定書のとおり指定する。」であり、欄外に「刑訴第三九条、規程第二八条 注意一 本書をもって指定するときは、その謄本を被疑者、弁護人、監獄又は代用監獄の主務者に各一通ずつ交付すること。同二 監獄又は代用監獄の長は、移監の際その謄本を移監先に引き継ぐものとする。」と記載された一般的指定書を作成し、その謄本を堀川署長(Aの分)及び西陣署長(Bの分)にそれぞれ送付した。

原告は、同日午後五時四五分頃、西陣署において、Bとの接見申入れをなしたが、直ちには接見できず、甲検事と約一〇分間電話による交渉を行った。この際、Bは房におり取調中ではなかったが、同検事は一般的指定書を出した際と同じ理由で接見指定の要件があるものと考え、原告に対し、午後五時四五分から同六時三〇分までの間に一五分間指定するので、検察庁に具体的指定書を取りに来て欲しい旨申し向けた。これに対し、原告は、接見指定の要件がないので、指定なしに直ちに会えるべきだと考え、同検事に対し、第一回目の接見で弁護人選任届を取る必要があること、翌日から三日間東京へ出張予定であること、検察庁へ行っていると遅くなること等を説明した。同検事は、右説明が口頭による指定を求めていると理解し、接見指定は原則として具体的指定書によるが、特段の事情があれば口頭によってもよいと考えていたので、右説明内容及び房の時間が既に終了していることを特段の事情と判断し、口頭による指定を行うことにした。そこで、同検事は、原告に対し、「今日は例外なので、電話による指定を行うが、検察庁は原則として具体的指定書による指定を行っているので、次回からは必ず具体的指定書を取りに来られたい。」旨申し向けた。原告は、時間がなかったため反論を留保し、「お聞きしておきます。」とだけ答え、直ちにBとの接見を行った。

(三)  原告は、一一日、京都地検に対し、前日の甲検事の応対に抗議するため、「甲検事の接見指定の運用は違法であり、原告としては、今後も指定の要件がない場合は、指定を受けたり、具体的指定書を取りに行ったりする意思がないことを明らかにするとともに、接見申入れがあれば、直ちに接見できるよう担当官を指導されたい。」旨を記した申入書を提出した。

(四)(一四日の経緯)

(1) 原告は、午前八時四〇分頃、Aに接見するため、堀川署において訴外警務課係官乙警察官(以下「乙警察官」という。)に接見の申入れをなした。乙警察官は、「先生、指定書をお持ちですか。お持ちでないなら、検察官の指示がないと会わせられない。」旨答え、甲検事に電話連絡をとろうとしたが、同検事が不在のため、四、五回架電するもつながらなかった。その結果、原告は、午前九時二五分頃までAと接見できなかった。

(2) 一方、甲検事は、京都地検に午前九時一〇分頃登庁し、同一五分頃立会事務官から、堀川署に原告が行ってAとの接見申入れをしている旨聞かされ、一般的指定書を出した理由とほぼ同じ理由で接見指定の要件があると考え、午前九時二五分頃堀川署に具体的指定をするために架電した。電話に出た乙警察官は、同検事に対し、「原告が午前八時四〇分頃に来て、ずっと待っている。」旨伝えた後、原告に電話を替った。この際、同検事は、乙警察官及び堀川署員等に対し、捜査予定につき尋ねることをしていない。原告は、「一五分位接見したい。Aは房におり、現在取調中でもないし、私も午前一〇時から法廷があるので、すぐ会わせてほしい。」旨要求したが、同検事は、短時間の接見なら認めてよいと判断したものの、具体的指定及び具体的指定書の受領持参要求は必要であると考え、「午前九時三〇分から同一〇時までの一五分間指定するので、具体的指定書を取りに来て下さい。」旨返答した。その後は、原告が、指定の要件がないこと、具体的指定書を取りに行く必要も義務もないことを主張し、同検事が、指定の要件はあること、具体的指定書がない限り接見を認めないことを主張し、互いに譲らなかった。この議論において、同検事は、原告が一〇時からの法廷に行けるかどうかは原告自身の問題であり、口頭指定すべき特段の事情に該当しないので、書面による指定をすべきであると考え、口頭による指定には配慮しなかった。

結局、同検事が具体的指定をしないままでいる間に、原告は、同検事の態度が固くななため接見が不可能と考え、午前九時三五分堀川署を退出した。このため、原告は、翌一五日に予定されていたAの勾留理由開示の打ち合わせができず、また、当日堀川署に来ていたAの妻に対し、Aと接見できなかったことを告げねばならなかった。

なお、当日午前中は、Aの身柄を使っての捜査は具体的に予定されておらず、Aは在監していた。午後は、一時三二分から四時二七分まで堀川署の取調べが行われ、Aは在監していなかった。

(3) 原告は、一四日、堀川署を退出して後、甲検事の措置を不服とし、京都地裁裁判官に、一般的指定の取消しを求める準抗告の申立てを行なう一方、本訴の提起及び京都地検への上申書の提出を行った。

(五)  京都地裁裁判官は、一五日、右準抗告の申立てを棄却し、原告は、一六日、最高裁判所に特別抗告の申立てを行った。

(六)  原告は、一四日の甲検事の態度及び一五日の準抗告棄却決定により、以後の弁護活動に支障がないようにするため、同検事の措置に従わざるを得ないと判断し、一六、一七日は口頭で、一八、二三日は書面で、同検事に対し、接見申入れと共に、「指定の要件がないので具体的指定書を発行せずに接見できるように措置すべきこと、あくまで指定するのであれば弁護人として違法な指定に従うのは遺憾の極みであるとの留保付きで具体的指定書を受領すること。」を通告した。そして、原告は、同検事ないし同検事の指示を受けた丙副検事から、希望通り日時を指定された具体的指定書を受領し、これを留置場の係官に持参して、次の通りA、Bとそれぞれ接見した。

(1) 一六日午後四時三一分から同五三分まで、堀川署においてAと接見した(指定は、午後四時二〇分から同五時までの間に二〇分間)。

なお、Aは、同日午後一時一五分から同三時五〇分まで、堀川署の取調べのため在監していなかった。

(2) 一七日午前八時三一分から同五一分まで、西陣署においてBと接見した(指定は、午前八時三〇分から同九時三〇分までの間に二〇分間)。

なお、Bは、同日午前一〇時一八分から同一一時四〇分までの間と、午後一時八分から同四時四〇分までの間は、西陣署の取調べのため在監していなかった。

(3) 一九日午前八時三二分から同五二分まで、西陣署においてBと(指定は、午前八時三〇分から同九時までの間に二〇分間)、午前九時八分から同二八分まで、堀川署においてAと(指定は、午前九時一〇分から同四〇分までの間に二〇分間)それぞれ接見した。

なお、Bは、同日午前一〇時三〇分から同一一時五〇分まで、西陣署の取調べのため、Aは、同日午前一〇時四八分から同一一時四〇分まで、堀川署の取調べのため、それぞれ在監していなかった。

(4) 二四日午前八時三七分から同九時三分まで、西陣署においてBと(指定は、午前八時三〇分から同九時までの間に二〇分間)、午前九時二四分から同四四分まで、堀川署においてAと(指定は、午前九時一〇分から同四〇分までの間に二〇分間)それぞれ接見した。

なお、Bは、同日午前一一時二二分から午後〇時五分までの間と、午後〇時四三分から同一時二五分までの間は、西陣署の取調べのため、Aは、同日午後一時二二分から同八時八分まで、京都地検の取調べのため、それぞれ在監していなかった。

(七)  京都地検は、二五日、延長された勾留期間の満期前に、A及びBを勾留の必要性がなくなったことを理由に釈放した。そして、同日、最高検察庁は最高裁判所に対し、原告の特別抗告について、Aを釈放した旨の追加意見書を提出した。

(八)  八月一九日、最高裁判所は原告の特別抗告を、法律上の利益がないとの理由で棄却した。

(九)  京都地検は、九月三〇日、A及びBを起訴猶予処分とした。

3  右認定に関し、原告は、一四日に甲検事が「午前九時三〇分から同一〇時までの一五分間指定するので、具体的指定書を取りに来て下さい。」旨返答したことを具体的指定であると主張する。しかしながら、右認定事実によれば、同検事は、具体的指定は原則として書面によるべきであり、一四日の原告の接見申入れには口頭指定をすべき特段の事情がないと考えていたのであり、また、同検事が一〇日に口頭指定をする根拠となった如き事情が一四日には存在せず、同検事も口頭指定をするとは明言していないのだから(一〇日には明言している。)、同検事の前記返答を具体的指定とみることはできない。よって、この点に関する原告の主張は採用できない。

三接見交通権の侵害について

1  接見交通権の意義及び接見指定の要件

憲法三四条前段は、何人も直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留又は拘禁されることがないことを規定し、刑訴法三九条一項は、この趣旨にのっとり、身体の拘束を受けている被疑者・被告人は、弁護人等と立会人なしに接見し、書類や物の授受をすることができると規定する。この弁護人等との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであると共に、弁護人からいえばその固有権の最も重要なものの一つであることはいうまでもない。そして、被疑者の多くは必ずしも法律的知識に富んでいないから、身体が拘束されれば、自己に有効な防御活動をし、公判に向けて自己に有利な証拠の収集・保全をなすためには、弁護人に頼るところが甚だ大きいのであって、弁護人もその職責を全うするため随時被疑者と接見し、被疑者の不安を取り除き、捜査機関の違法捜査の存否を監視し、被疑者にとって有利な証拠を探り出す作業をしなければならないのである。

ところで、刑訴法三九条三項本文は、弁護人等と被疑者の接見交通につき、捜査機関が捜査のため必要があるときは、日時、場所、時間を指定することができる旨規定するが、弁護人等の接見交通権が前記のように憲法の保障に由来するものであることに鑑みれば、捜査機関の日時等の指定は、たった一つしかない被疑者の身柄を利用するについて、捜査と接見が衝突するのを回避するためのあくまで必要やむをえない例外的措置であって、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限することは許されないと解すべきである。

したがって、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見の申出があったときは、原則として何時でも接見の機会を与えなければならないのであり、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分・検証等に立ち会わせる必要がある等被疑者の身柄を利用した捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が防御のための日時等を指定し、被疑者が防御のため弁護人等と打ち合わせることができるような措置を採るべきである(最高裁判所昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決・民集三二巻五号八二〇頁参照)。

しかし、弁護人等の接見交通権と捜査機関の接見指定権との均衡調和を保つため、弁護人等は、直接接見指定権者に被疑者との接見を申し出て(電話によれば一挙手一投足の労に過ぎないものである。)、もしそうしないで接見指定権を行使し得ない警察官に被疑者との接見の申出をしたときは、右警察官において、弁護人等に対し接見指定権者を明示するなど接見指定を受けるための手続・手順を示し、直接接見指定権者に指定を受けるよう求め、かつ、右申出を接見指定権者に伝達し、接見指定権者に対し、弁護人等からの接見申入れにつき、指定の要否、方法等につき検討する機会を与え、これを受けた接見指定権者においては、右各事項につき調査検討し、指定の方法等については弁護人等と協議の上、然るべき措置を講ずべきであり、このような手続に要する合理的な必要かつ相当な時間は、接見が制約されてもやむをえないところであるから、その間、弁護人等が一時待機を余儀なくされたとしても違法ということはできない。弁護人等としては、右の手続が右制約時間内に行われないか、捜査のための必要性がないのにかかわらず接見が制限された場合等に、接見指定権者らのなしたそれらの措置の違法性を問えば足りるものといわねばならない。しかして、接見指定権者が指定の要件がないのに接見のための日時等を指定又は指定しようとして弁護人等に接見の機会を与えないことは、指定の方式以前の問題として違法である。

2 甲検事の違法行為

(一) 一般的指定による接見妨害

検察官は、昭和六一年七月一四日当時、勾留中の被疑者について刑訴法三九条三項の接見のための日時等の指定をする必要があると判断するときは、規程二八条に基づいて、一般的指定書を作成し、あらかじめその謄本を被疑者の在監する監獄の長に交付するのが通例であったことは、当裁判所に顕著な事実である。

ところが、前記二2で認定した事実によれば、原告は、直接接見指定権者である甲検事にAとの接見を申し出ることなく、一四日午前八時四〇分頃、堀川署に赴き、乙警察官に対し、Aとの接見の申入れをなしたが、乙警察官が、原告が具体的指定書を持参していないことを確認した上、検察官の指定がない限り接見できない旨告げるとともに、甲検事に右申入れを伝達すべく、京都地検に四、五回電話連絡をとり、同検事は、午前九時一五分頃、右申入れの取次ぎを受けると、指定の要件を具備しているとの考えから、午前九時二五分頃、堀川署に電話し、待機していた原告との間で、具体的指定についての日時、方法について協議しようとしたが、指定の要否について議論となり、同検事が具体的指定をしないままでいる間に、原告は、同検事がAと直ちに接見できるよう乙警察官に指示する等の措置を講じる可能性はないと判断し、午前九時三五分頃、同検事との協議を打ち切って堀川署を退出したことが是認され、右認定事実のもとにおいては、原告が乙警察官にAとの接見を申し入れてから甲検事が堀川署に架電するまでの間、Aと接見できず、待機を余儀なくされたことは、前記見解に照らせば、やむをえないこと、すなわち、弁護人等の接見交通権はこの範囲で捜査権による制限を受忍しなければならないといわねばならず、乙警察官が検察官の指示のないことを理由に接見を拒んだ行為を原告の接見交通権を侵害したものとして、国賠法一条一項の適用上、違法と評価することは相当でなく、甲検事が規程二八条に基づいてなした一般的指定書の作成及び交付も同項にいう違法な行為にあたらないと解することができる。

(二) 具体的指定にこだわったことによる接見妨害

前記三1に説示の見解に立脚すると、前記二2で認定した事実によれば、一四日午前九時二五分頃Aの身柄を使っての捜査の具体的予定はなく、Aは在監中であったので、接見指定の要件は存在しなかったと認定することができるから、甲検事は、原告と電話連絡がついた段階で、直ちに接見の機会を与えるよう措置すべきであったのに、指定の要件があること及び具体的指定書がない限り接見を認めないことを主張し、具体的指定にこだわって原告に接見の機会を与えるよう措置を講じなかったのであり、同検事の右行為は、指定の方式に言及するまでもなく、原告の接見交通権を侵害するものとして違法である。

3  違法性の判断基準について

被告は、国賠法一条一項にいう「違法」とは、「他人に損害を加えることが法の許容するところであるかどうかという行為規範性」であり、この行為規範性は処分ないし法的行為の効力発生要件とは性質を異にするところ、刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の判断は法律上の価値判断であるから、当該判断が右規定に違反するだけでなく、著しく合理性を欠く場合にのみ、右行為規範に反し国賠法上違法である旨主張する。

そこで、検討するに、国賠法一条一項にいう違法の意義については、確かに被告主張のとおりである。しかしながら、刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」については、前記三1のとおり狭義に解すべきであり、それに該当するか否かの判断は、被疑者の身柄の利用を基準とした一義的明白な判断にすぎず、法律上の価値判断がほとんど入りこまないものである。よって、刑訴法三九条三項に違反することは、一義的明白な判断を誤ることであり、過少評価すべきでない。さらに、刑訴法三九条三項の違法性は、本件で問題とされている国賠法一条一項の違法性と、関係当事者の点においても、被侵害法益の点においても共通であり、弁護人等の接見交通権はいかなる範囲で捜査権による制限を受忍しなければならないかという判断の基礎においても共通であることを考えると、法三九条三項は、前記行為規範をも定めたものと解するのが相当である。

以上よりすれば、刑訴法三九条三項の関係において違法と判断された以上、国賠法一条一項の関係においても、その接見交通権の侵害は法の許容しないところであるというべきであるから、被告のこの点についての主張は採用できない。

以下、甲検事の違法行為に基づく損害賠償責任の存否につき判断する。

四甲検事の故意・過失について

1  公務員の故意・過失の判断基準

ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれにも相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解し、これに立脚して公務を執行したときは、後にその執行が違法と判断されたからといって、直ちに右公務員に過失があったものとすることは相当でない(最高裁判所昭和四二年(オ)第六九二号、同四六年六月二四日第一小法廷判決・民集二五巻四号五七四頁参照)が、当該執行までに、最高裁判所及び下級裁判所において違法とする判決・決定が一定存在すれば、客観的にみて適法性に疑問が生じていると考えられるので、当該執行にあたる公務員は、少くとも反対の立場を配慮した措置をとらねばならず、また、最高裁判所及び下級裁判所において違法とする判決・決定が確立されているならば、客観的にみて適法性がないことに解決済みと考えられるので、当該執行にあたる公務員は、反対の立場、すなわち確立された判決・決定に従った措置をとらねばならず、右のような各措置をとらずに自己の立場を墨守する限り当該公務員に過失はあるというべきである。

2  具体的指定にこだわった点について

刑訴法三九条三項の「捜査のため必要あるとき」については、被疑者を現に取調中であるとか、検証、実況見分に立ち会わせているときあるいはこれを行う準備をしているときといった、いわば被疑者の身柄を利用して捜査を行いあるいは行おうとしているときに限るとするいわゆる限定説と、罪証湮滅の虞れ等をも含むとするいわゆる全般的捜査必要説とが大きく対立し、種々の議論がなされていたところ、前記最高裁昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決が、「捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見の申出があったときは何時でも接見の機会を与えなければならないのであり、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時を指定し、被疑者が防御のため弁護人等と打ち合わせることのできるような措置をとるべきである。」と判示した。右判示の解釈についても争いがあるが、右判決が前記のような両説の対立の中でなされたものであること、捜査の中断による支障が顕著な場合の例示として限定説の内容に沿う事項を列挙していること、罪証湮滅の虞れ等の言葉を一切使用していないこと等を考えると、捜査の中断による支障が顕著な場合とは、限定説のように解するのが相当であり、全般的捜査必要説のいうような罪証湮滅の虞れ等は除外する趣旨であると解すべきである。そして、右最高裁判決後は、下級裁判所で本件記録にあらわれたいずれの判決もが、右最高裁判決に沿って限定説の立場から判示をしている。したがって、「捜査のため必要あるとき」の意義については、昭和六一年七月当時最高裁判所及び下級裁判所において、限定説が確立されていたと考えられるから、その当時接見指定に関係する公務員は、限定説の立場から接見指定の実務を行うべき義務が生じていたと解される。

しかるに、本件では、前記二2で認定した事実によれば、甲検事は、七月一四日午前九時二五分から同三五分まで、全般的捜査必要説にのっとって具体的指定をしようとしたのだから、右義務に反したと認められる。

よって、甲検事が、具体的指定にこだわった点について、過失は免れない。

五損害について

前記二2で認定した事実によれば、弁護士である原告は、七月一四日午前九時二五分以降Aと接見できず、その妻に接見できなかった旨伝えねばならなかったことのほか、本来要求される協議を超えた議論や準抗告・特別抗告の申立て等の労力の負担を余儀なくされ、翌一五日に予定されていた勾留理由開示につき、Aと事前打ち合わせができなくなったことなど、著しい精神的損害を被ったことが認められる。これに前判示の接見交通権の重要性を考え合わせると、原告の精神的苦痛を慰謝するには、金二〇万円を下らない金額が必要である。

六結論

以上の次第で、被告は、原告に対し、右慰謝料二〇万円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和六一年七月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本訴請求は、全部理由があるとしてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言及びその免脱の宣言につき同法一九六条一項及び三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鐘尾彰文 裁判官浅見宣義 裁判官彦坂孝孔は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官鐘尾彰文)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例